それは生きる為に生まれた生活の知恵だったのです。『はじめての菱刺し』(倉茂洋美(著)、河出書房新社)

今回は河出書房新社様より出版されております、『はじめての菱刺し』(倉茂洋美 著)のご紹介です。
ウエイドでは刺繍の図案トレースとイラスト作成を担当しております。

『はじめての菱刺し』(倉茂洋美 著、河出書房新社)表紙

そもそも“菱刺し”という言葉にあまりなじみが無い方もおられる事かと思いますので、まずは少し解説から…。

最近話題になっている刺し子(模様刺しゅう)ですが、その中でも青森県南部に伝わる“菱刺し”は北部の津軽地方に伝わる“こぎん刺し”とともに北国の人々が厳しい環境の中で少しでも快適に過ごそうという暮らしの知恵から生まれた刺繍の技法です。

他の刺し子との違いは、菱刺しはタテの織目に対して偶数の目で刺す事です。こぎん刺しはこれを奇数の目で刺します。

菱刺しとこぎん刺しの比較

その誕生は江戸時代まで遡り、1724年(享保9年)の「農家倹約分限令」によって、農民は木綿の着用が禁じられたために、麻布の織物を着て生活していました。
しかし、麻の着物は目が粗く、北国の寒さを防ぐ事はできませんでした。そこで、刺繍を細かくすることで布の密度を増して暖をとろうと工夫して生み出されたのが、この“菱刺し”というわけです。

寒さをから身を守りたい、でも厚着ができない。そんな苦肉の策から生まれた技法ですが、防寒だけではなく、衣服の強度や装飾性を高めることに一役買っている、正に「生活の知恵」は素晴らしいものだと思います。
また単に必要のために作られたにとどまらず、300種類以上とも400種類以上とも言われる多彩な模様が伝わっています。当時の制約の中で、精一杯のおしゃれを楽しみ、技を競い合い、健康・豊作・安全などの願いを込めて刺されていたことがわかります。

今では家々に暖房があって、人々はヒートテックを着て、これからの寒い季節もそこそこ快適に過ごせるので、わざわざ菱刺しで暖をとる必要はないですが、この『はじめての菱刺し 伝統の刺し子を楽しむ図案帖』を見てみると、生活の知恵ウンヌンカンヌンを差し置いて、とっても可愛らしい図案がたくさん載っています。
ブローチやコースターにアレンジされた菱刺し小物たちは、かつての質素倹約精神を感じさせるよりは、むしろオシャレ感を醸し出しています。

『はじめての菱刺し』(倉茂洋美 著、河出書房新社)本文

これからの季節、刺し子を通して北国の女性達が紡いできた伝統の一端に触れて、ほんの少しほっこりした気分になるのもわるくないかもしれませんね。

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